<生活保護と高校生のアルバイト収入> 【問】高校生のアルバイト収入の未申告は,その全額を役所に返還しなければならないのですか?
私の息子は,現在 高校2年生ですが,昨年の夏,ゲーム機を買うために 私には部活動に行くと嘘をついて,夏休みに2週間アルバイトをしていましたが,そのことが役所にバレて,生活保護法第78条により,アルバイト代に相当する額の保護費を徴収すると言われました。
私が以前,働いていたときは,給与から基礎控除分が差し引かれた額が,収入として認定されていましたが,息子の場合は,基礎控除分が差し引かれないと言われました。
しかし,息子は,アルバイト収入を申告しなければならないことを知らず,私も,息子がアルバイトをしていたことを知りませんでした。 どのようにしたらよいのか,アドバイスをお願いします。
【答】
あなたの息子さん(高校生)のアルバイト収入も,世帯の稼働収入として役所に申告する必要があります。 また,生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に稼働収入を申告しなかったときは,不正受給として生活保護法第78条の規定により,アルバイト代に相当する額の保護費が徴収されることになります(ただし,通勤交通費などの実費は控除されます。)。
そこで問題になりますのは,生活保護法第78条については,生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に 役所に収入を申告しなかったことが適用の条件となることです。
例えば,生活保護費を不正に受給する意図がなく,役所に収入を申告することが遅れて,生活保護費が過払いになったときは,生活保護法第78条ではなく,生活保護法第63条が適用され,通勤交通費などの必要経費に加えて,稼働収入に応じた基礎控除や 未成年者の場合は未成年者控除も,アルバイト収入から差し引かれることから,高校生のアルバイト収入自体が少額のため,収入として認定される額は ほとんどありません。
また,この「生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に 役所に収入を申告しなかったこと」についての立証責任は,あなたではなく,役所にあります。
したがって,生活保護制度に詳しい弁護士や専門家は,高校生のアルバイト収入については,当該高校生が,収入の申告義務について理解していて,きちんと申告すれば,基礎控除や未成年者控除などの適用により,収入として認定される額は ほとんどないので,生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に 役所に収入を申告しなかったということはあり得ず,高校生のアルバイト収入の無申告については,申告義務について知らず,生活保護費を不正に受給する意図がなくて,役所に収入を申告しなかったものと考えられるので,生活保護法第78条ではなく,生活保護法第63条を適用し,基礎控除や未成年者控除などを適用し,返還額を決定すべきであると主張しています。
つまり,世帯員である高校生が,稼働収入の申告義務を理解していて,きちんと申告すれば,基礎控除や未成年者控除などの適用により,アルバイト収入については,ほとんど収入として認定されないことを知っていれば,アルバイト収入の無申告は生じないのであるから,ケースワーカーが そのことを 当該高校生に十分に説明していなかったことに,その原因と責任があるというものです。
厚生労働省の通知を見ますと,高校生のアルバイト収入に無申告については,原則として生活保護法第78条を適用すべきであるが, その前提として,少なくとも年1回以上は,世帯主だけでなく,世帯員である高校生に対しても,生活保護法の収入の申告義務や,稼働収入に対して 基礎控除や未成年者控除等が適用され,稼働収入から控除されることなどについて十分に説明し,役所の担当員による説明を理解したことを明らかにするために,「法第61条収入申告義務確認書」という書類に,世帯主だけでなく,世帯員である高校生本人の自書による署名等の記載を求めることされています。
しかしながら,「法第61条収入申告義務確認書」については,世帯主の自書による署名等の記載は求めているものの,世帯員である高校生本人の自書による署名等の記載を求めているケースワーカーの数は,かなり少ないと思います。
そのため,宮城県や千葉市においては,高校生のアルバイト収入の無申告について生活保護法第78条を適用したことに対して 審査請求が行われ,「法第61条収入申告義務確認書」において,世帯員である高校生本人の自書による署名がなかったことから,当該高校生本人が収入の申告義務を知らなかった可能性が高く,生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に 役所に収入を申告しなかったとは言えないとして,生活保護法第78条に基づく保護費の徴収処分が取り消された県知事裁決が出されました(平成26年4月23日の宮城県知事裁決。 千葉市は,生活保護法第78条に基づく保護費徴収処分取消訴訟が提起された後で 当該処分を自ら取り消した。)。
あなたが,息子のアルバイトを知っていて,生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に 息子のアルバイト収入を申告しなかったときは,あなたに対して 生活保護法第78条を適用することになりますが, あなたの息子は,部活動に行くとあなたに嘘をついて,夏休みに2週間アルバイトをしていたということですので,アルバイト期間が2週間と短期間であったこともあり,あなたが,息子のアルバイトを知り得なかったことに相当の理由があると認められることから,あなたに対して,生活保護法第78条を適用することは難しいと思います。
また,役所に提出された「法第61条収入申告義務確認書」に,あなたの息子本人の自書による署名がなかった場合は,あなたの息子が 収入の申告義務を知らなかった可能性が高く,生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に 役所に収入を申告しなかったとは言えないため,あなたの息子に対して,生活保護法第78条を適用することも難しいと思います。
つまり,役所が,あなたや あなたの息子に 生活保護法第78条を適用するためには,あなたや あなたの息子が,「生活保護費を不正に受給する意図があって,故意に 収入を申告しなかったこと」を,役所が立証する必要があるのですが,「法第61条収入申告義務確認書」に,あなたの息子本人の自書による署名がなかった場合は,役所は 上記の立証が難しいため,「生活保護手帳・別冊問答集」問13-1により,生活保護法第63条を適用することになり,その結果,あなたの息子のアルバイト収入に対して,基礎控除や未成年者控除等が適用されるため,返還額は 0円 又は かなり少ない額ですむことになります。
あなたが 上記のように主張したにもかかわらず,役所が,あなたの息子のアルバイト収入に対して 生活保護法第78条を適用しようとする場合は,法テラスを通じて生活保護制度に詳しい弁護士や,各地の生活保護支援ネットワークなどの生活困窮者支援団体に相談し,役所に説明してもらうか,又は 都道府県知事に対して,「生活保護法第78条に基づく保護費の徴収処分」の取り消しを求める審査請求を行うことを検討しましょう。
<高校生のアルバイト収入から控除可能な費用>
(収入申告があった場合,生活保護法第63条を適用する場合(下の⑦を除く))
① 交通費等の実費
② 基礎控除
③ 未成年者控除
④ 修学旅行費
⑤ クラブ活動等の課外活動費
⑥ 学習塾費等
(学習塾等の入会金, 授業料(家庭教師の月謝を含む), 講習会費, 学習塾等で使用される教材費, 模擬試験代, 学習塾への交通費)
⑦ 就労や早期の保護脱却に資する経費
(自動車運転免許等の就労に資する技能修得経費, 専修学校・各種学校・大学に就学するために事前に必要な入学料等, 就労・就学に伴う転居費用, 公的な貸付資金の償還金)
※ ①の交通費等の実費については,生活保護法第78条を適用した場合でも控除可能である。
※ ⑦の経費については,福祉事務所が当該自立更生計画を事前に承認していることや,本取扱いにより生じた金銭は,別に管理すること等の要件を満たす必要がある。
(参考)
生活保護手帳・別冊問答集
〇問13-1 不当受給に係る保護費の法第63条による返還又は第78条による徴収の適用
(問)
収入申告が過少であったり,あるいは申告を怠ったため,扶助費の不当な受給が行われた場合については,法第63条による費用の返還として取り扱う場合と法第78条による徴収として取り扱う場合の二通りが考えられるが,どういう場合に法第63条又は法第78条を適用すべきか,判断の標準を示されたい。
(答)
本来,法第63条は,受給者の作為又は不作為により実施機関が錯誤に陥ったため扶助費の不当な支給が行われた場合に適用される条項ではなく,実施機関が,受給者に資力があることを認識しながら扶助費を支給した場合の事後調整についての規定と解すべきものである。
しかしながら,受給者に不正受給の意図があったことの立証が困難な場合等については返還額についての裁量が可能であることもあって,法第63条が適用されているわけである。
広義の不当受給について,法第63条により処理するか,法第78条により処理するかの区分は概ね次のような標準で考えるべきであろう。
① 法第63条によることが妥当な場合
(a)受給者に不当に受給しようとする意思がなかったことが立証される場合で届出又は申告をすみやかに行わなかったことについてやむを得ない理由が認められるとき。
(b)実施機関及び受給者が予想しなかったような収入があったことが事後になって判明したとき(判明したときに申告していればこれは,むしろ不当受給と解すべきではない)。
② 法第78条によることが妥当な場合
(a)届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわらずそれに応じなかったとき。
(b)届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき。
(c)届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも,実施機関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかかわらずこれに応じず,又は虚偽の説明を行ったようなとき。
(d)課税調査等により,当該被保護者が提出した収入申告書又は資産申告書が虚偽であることが判明したとき。
〇生活保護行政を適正に運営するための手引について(抜粋)
(平成18年3月30日付,社援保発第 0330001号,厚生労働省社会・援護局保護課長通知)
Ⅰ 申請相談から保護の決定に至るまでの対応
2 届出義務の遵守
(1)すべての資産,収入,生計の状況,世帯の構成等について正確に申告するとともに,申告している内容に変動があった場合には,速やかに届け出る義務があることを周知しておくことが重要である。
このためには,届出が必要な資産及び収入の種類を具体的に列挙した届出義務についての「福祉事務所長名の通知」や「保護のしおり」等を,保護開始時及び継続ケースについては,少なくとも年1回以上,世帯主及び世帯員等に配布する等の方法により,届出義務の内容を十分説明しておく必要がある。
(2)収入申告の必要性や届出義務について 保護の実施機関が被保護世帯に説明を行ったことや 当該被保護者がその説明を理解したことを,保護の実施機関と被保護世帯とで共有し,そのことを明確にするために,被保護世帯が所定の事項を記載した「生活保護費の費用返還及び費用徴収の決定について」(平成24年7月23日社援保発0723第1号厚生労働省社会・援護局保護課長通知)別添2の様式(法第61条収入申告義務確認書)等により徴取しておく必要がある。
Ⅳ 費用返還(徴収)及び告訴等の対応
1 法第63 条の適用の判断
(1)法第63 条の適用
(略)
なお,本来 法第78条を適用すべき事案にもかかわらず法第63条を適用するということが生じないようにするため,保護の実施機関が被保護世帯に対して行った収入申告書の届出義務等に関する説明について,ケース記録等への記録や 説明を行ったことを挙証する資料(別添2の様式(法第61条収入申告義務確認書)等)を整えることなど,必要な対応を日頃から行っておくよう留意する。
(2)費用返還額の決定
費用返還額については,原則として当該資力を限度として支給した保護金品の全額を返還額とすべきであるが,こうした取扱いを行うことが 当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については,実施要領等に定める範囲においてそれぞれの額を本来の要返還額から控除して返還額と決定する取扱いとして差し支えないこととしているので,ケースの実態を的確に把握し,場合によってはケース診断会議を活用したうえ,必要な措置を講じる。
2 法第78条の適用の判断
(1)法第78条の趣旨
(略)
注)「不実の申請その他不正な手段」とは,積極的に虚偽の事実を申し立てることはもちろん,消極的に事実を故意に隠蔽することも含まれる。刑法第246条にいう詐欺罪の構成要件である人を欺罔することよりも意味が広い。
(2)法第78条の適用
(ア)~(ウ) (略)
(エ)保護の実施機関の課税調査等により,当該被保護者が提出した収入申告書等の内容が虚偽であることが判明したとき
○ したがって,例えば被保護者が届出又は申告を怠ったことに故意が認められる場合は,保護の実施機関が社会通念上妥当な注意を払えば容易に発見できる程度のものであっても法第63 条でなく 法第78条を適用すべきである。
〇生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて(抜粋)
(平成24年7月23日付,社援保発0723第1号,厚生労働省社会・援護局保護課長通知)
2 改善に向けた取組
(2)法第78条に基づく費用徴収決定について
イ 収入申告を求める際の留意点
課税調査によって被保護世帯の収入が判明した事業のうち,その収入が当該被保護世帯の世帯主以外の者(未成年)の就労収入であるという場合には,一律に法第63条を適用しているという不適切な実態が一部自治体にあることが指摘されているところである。
未成年である世帯員についても,稼働年齢層であれば当然に保護の実施機関に対し申告の義務はあるので,申告を怠っていれば,原則として 法第78条の適用とすべきである。
また,世帯主が世帯員の就労について関知していなかった,就労していた世帯員本人も申告の義務を承知していなかった,保護の実施後も保護開始時にのみ収入申告書の提出の義務を説明しただけであり,当該被保護世帯の子が高校生になった際に就労収入の申告の義務について説明を怠っていた等の理由により,法第63条を適用せざるを得ないという判断がなされている実態が見受けられる。
そのため,別添2の様式(法第61条収入申告義務確認書)によって,収入申告の義務について説明を行う際,世帯主以外に稼働年齢層の世帯員(高校生等未成年を含む)がいる世帯については,当該世帯員本人の自書による署名等の記載を求めること。 この際,別葉とするか同一様式内に世帯員の署名欄等を設けるかは自治体の判断で対応されたい。
なお,保護開始世帯については,世帯主及び稼働年齢層の世帯員に対し収入申告の義務について開始時に説明することとし,既に受給中の世帯については,稼働年齢層の者がいる世帯への訪問時等に改めて収入申告の義務について説明するとともに,別添2の様式(法第61条収入申告義務確認書)を活用されたい。
別添2
生活保護法第61条に基づく収入の申告ついて(確認)
□ 生活保護法第61条に基づき,自分の世帯の収入について,福祉事務所長に申告する義務があること。
□ 世帯員がいる場合,その者の収入についても福祉事務所長に申告する義務があること。高校生などの未成年が就労(アルバイトも含む)で得た収入についても申告する義務があること。
□ 不実の申告があった場合は,生活保護法第78条第1項に基づき,得た収入の全額を徴収されるものであること。なお,不正が長期にわたる場合や,悪質,巧妙等の場合は,不正に得た収入に100分の40を乗じて得た額以下の金額を加算される場合があること。
申告漏れが度重なる場合は「不実の申告」と福祉事務所に判断される場合があること。
□ そのため,世帯全体の収入に変動があった場合,すみやかに福祉事務所に申告すること。
以上のことにつきまして,貴福祉事務所職員より説明を受け,理解しました。
令和 年 月 日
住 所
氏 名 印
(あて先) 福祉事務所長
(参考)生活保護法
第61条
被保護者は,収入,支出その他生計の状況について変動があつたとき,又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは,すみやかに,保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。
第78条第1項
不実の申請その他不正な手段により保護を受け,又は他人をして受)けさせた者があるときは,保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は,その費用の額の全部又は一部を,その者から徴収するほか,その徴収する額に百分の四十を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。