生活保護の審査請求をしよう

生活保護の質問に答えます。役所の決定に疑問があったら、生活保護の審査請求をしましょう。

<生活保護と過払金>【問】役所の担当者のミスで 生活保護費を多く支給された場合でも,その過払分を役所に返還しなければならないのですか?

 私は,生活保護を受給しており,役所には収入をきちんと申告していましたが,役所の担当者のミスで,2年間,生活保護費を多く受け取っていたことが分かりました。 役所の担当者は,2年前までさかのぼって生活保護費を返還する必要があると言っています。

 しかし,私には何の過失もなく,役所の担当者のミ

スにより,2年間,生活保護費が多く支給されていたそうですが,私はそのことを知らず,私はその生活保護費を使ってしまって 手元に残っていないにもかかわらず,2年前までさかのぼって 生活保護費を返還しなければならないのは,おかしいと思います。 私は,2年前までさかのぼって 生活保護費を返還しなければならないのでしょうか。

 

【答】

 役所の担当者のミスにより,生活保護費が多く支給されることは,時々見られます。

 その場合でも,生活保護法第63条により,原則として5年を限度にさかのぼって,過払いとなった生活保護費を返還しなければならないとされています(生活保護費の時効は5年)。

 その理由は,生活保護費を多く受け取り,最低限度の生活以上の生活をしてきたのであるから,民法第703条の不当利得の考え方などにより,過払いとなった生活保護費は,返還してもらう必要があるということであろうと思われます。

 

 しかし,あなたに何の過失もなく,役所の担当者のミスで 2年間,生活保護費が多く支給されていたことを知らず,あなたが その生活保護費を使ってしまって手元に残っていないにもかかわらず,2年前までさかのぼって 生活保護費を返還しなければならないとした場合は,あなたは,最低限度の生活をするために支給される生活保護費の中から,毎月返還しなければならないのですから,最低限度の生活を維持できなくなり,保護金品の全額を返還額とすることが,当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合に 当然 該当しますので,返還額から全額又は一定の額を控除すべきだと思います。

 そうしないと,何の過失もないあなたに 役所のミスを全部押し付け,役所は何も責任を取らないという,誰が考えても おかしな結果になってしまいます。

 

 生活保護法第63条に基づく返還額の決定方法を定めた「別冊問答集」問13-5では,「(生活保護法第63条に基づく返還額については,)原則として当該資力を限度として支給した保護金品の全額を返還額とすべきであるが,保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については,次の範囲においてそれぞれの額を本来の要返還額から控除して返還額を決定する取扱いとして差し支えない。」と定められています。

 生活保護法第63条返還金額の決定にあたって,自立更生費を認める場合は,通常は,年金の遡及受給や慰謝料等の受領により自立更生費に充てるべき金銭が存在しますが,福祉事務所の過失による過払金の返還処分に係る自立更生費の認定にあたっては,既に保護費は生活費などに消費し,自立更生費に充てるべき金銭が存在してないことがほとんどです

 したがって,福祉事務所の過失による過払金の返還処分に係る自立更生費の認定にあたっては,自立更生費として 新たに家電製品等を購入する場合とは異なり,既に消費した生活費などを自立更生費(又は返還金の減額要素)として認めることができるのかという問題が生じます。

 

 これについては,大野城市の事案における福岡地裁判決平成26年3月11日)では,「保護手帳は,自立更生費については,① 浪費した額, ② 贈与等当該世帯以外のために充てられた額, ③ 保有が容認されない物品等の購入に充てられた額は該当しないと規定しているにすぎないことからすると,一定の生活費についても自立更生費に該当すると解釈することも可能と解される。」とし,一定の生活費についても自立更生費に該当すると解釈することも可能と解されると判示しています。

 つまり,福祉事務所の過失による過払金の返還処分に係る自立更生費の認定にあたっては,通常では,既に保護費は生活費などに消費し,自立更生費に充てるべき金銭が存在してないことがほとんどですから,過去の費消済みの生活費や 家電製品などの購入費を自立更生費として認めないとすると,全額返還となってしまいます。

 しかし,「別冊問答集」問13-5においては,生活保護第63条の返還額の決定にあたって,全額を返還させることが,その世帯の自立を著しく阻害するか否かについて検討した結果,全額返還が その世帯の自立を著しく阻害すると認められるときは,一定の額を返還額から控除することができると規定されていますが,福祉事務所の過失による過払金を返還しなければならない場合においては,既に保護費は生活費などに消費し,返還に充てるべき金銭が存在してないことがほとんどですので,その多くは,全額返還が その世帯の自立を著しく阻害すると認められるときに該当すると思われます

 そうすると,結局のところ,一定の額を返還額から控除する場合とは,過去の消費済みの生活費や 家電製品などの購入費を自立更生費(又は返還金の減額要素)として認めざると得ないということになると考えられます。 この福岡地裁の判決については,大野城市は控訴しなかったため,同市の敗訴で判決が確定しました。

 

 また,東京都の事案における東京地裁判決(平成29年2月1日)では,「本件全証拠によっても,本件処分に至る過程で,東京都A福祉事務所長において,本件処分当時の原告の資産や収入の状況,その今後の見通し,本件過支給費用の費消の状況等の諸事情を具体的に調査し,その結果を踏まえて,本件過支給費用の全部又は一部の返還を たとえ分割による方法によってでも求めることが,原告に対する最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなるおそれがあるか否か,原告及びその世帯の自立を阻害することとなるおそれがあるか否か等についての具体的な検討をした形跡は見当たらない。 (略)  このような,専ら東京都A福祉事務所の職員の過誤により相当額に上る生活保護費の過支給がされたという本件過支給が生じた経緯に鑑み,また,法63条の規定が不当に流出した生活保護費用を回収して損害の回復を図るという側面をも趣旨として含むものと解されることを併せ考慮すれば,本件過支給費用の返還を義務付けることとなる処分が,処分行政庁側の過誤を被保護者である原告の負担に転嫁する一面を持つことは否定できず本件過支給費用の返還額の決定に当たっては,損害の公平な分担という見地から,上記の過誤に係る職員に対する損害賠償請求権の成否や これを前提とした当該職員による過支給費用の全部又は一部の負担の可否についての検討が不可欠であるものというべきである。 ところが,本件全証拠によっても,本件処分に当たり,上記のような検討がされたものとはうかがわれないから,そのような検討を欠いたままで本件過支給費用の全額の返還を原告に一方的に義務付けることとなる本件処分は,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものといわざるを得ない。」と判示しています。 東京都は,この判決に対して控訴しなかったため,都の敗訴で判決が確定しました。

 

 東京地裁の判決では,消費済みの生活費などについて,自立更生費に該当するか否かについては,直接は触れていませんが,たとえ分割返還であっても,原告に対する最低限度の生活の保障の趣旨に 実質的に反することとなるおそれがあるか否か,原告及びその世帯の自立を阻害することとなるおそれがあるか否か等についての具体的な検討する必要があり,また,本件過支給費用の返還を義務付けることとなる処分が,処分行政庁側の過誤を被保護者である原告の負担に転嫁する一面を持つことは否定できず,本件過支給費用の返還額の決定に当たっては,損害の公平な分担という見地から,上記の過誤に係る職員に対する損害賠償請求権の成否や これを前提とした当該職員による過支給費用の全部又は一部の負担の可否についての検討が不可欠であるものというべきであるが,本件全証拠によっても,本件処分に当たり,上記のような検討がされたものとはうかがわれないから,そのような検討を欠いたままで 本件過支給費用の全額の返還を原告に一方的に義務付けることとなる本件処分は,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くと行政にとって厳しい判断を示しています。

 

 私は,当初は,分割返還とすれば,当該世帯の自立を著しく阻害するとは認められないので,1,000円~2,000円の返還額であればよいのではないかと考えていましたが,東京地裁判決では,たとえ分割返還であっても,原告に対する最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなるおそれがあるか否か,原告及びその世帯の自立を阻害することとなるおそれがあるか否か等についての具体的な検討する必要があり,本件過支給費用の全額の返還を原告に一方的に義務付けることとなる本件処分は,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くとしていますので,分割返還したからと言って,返還額の合計額が変わるわけではなく,毎月の返還額を少額にすれば,それだけ返還期間が長くなり,長期間にわたって最低生活費以下の生活を強いることになることから,返還処分の適法性が認められるわけではないと思われます。

 

 この2つの判決以後,福祉事務所の過失による過払金の全額返還処分については,審査請求が行われる件数が増加し,行政側が敗訴する県裁決も増加しています。 この審査請求内容を見ると,審査請求書に福岡地裁東京地裁の判決が参考資料として添付されており大野城市や東京都と同様の事例では,福岡地裁東京地裁の判決の内容を覆すような弁明書を作成することは難しく,原告生活保護受給者)の主張が認められることが多いようです。

 

 確かに 生活保護法第63条は,民法第703条の不当利得の性質があると言われており,受益者が善意のときは,現存利益について返還義務があり,生活費等に費消している場合 や 借金の返済に充てた場合などは,それにより自分の財産の減少を免れているので,現存利益が残っており,その分は返還義務があるということになるようです(一方,ギャンブル等に費消した分は,残存利益が残ってないということになるそうです。)。

 しかし,生活保護を受けている人が受け取る保護費は,最低生活を維持するためのものですから,その保護費の中から返還しばければならないとしますと,当然,最低生活以下の生活を強いられることになります。

 

 私の個人的な意見は,福祉事務所の過失による過払金の返還処分についは,生活保護を受けている人に何も過失がないにもかかわらず,既に消費した保護費の全額を返還させることは,福祉事務所が,自らの過失に対して何ら責任を取らず,その過失の責任のすべてを 生活保護を受けている人に押し付けることになり,その結果,何年にもわたり 最低生活以下の生活を強いることになるため,生活保護を受けている人の立場からすれば,全額返還は,あまりにも酷な仕打ちであると思われますので,全額返還ではなく,一定割合の額は返還額から控除してもよいのではないか と考えます。

 しかし,どの程度の割合の額を返還額から控除すべきか判断することは難しく,また,生活保護を受けている人によって個々の事情が異なり,一律の割合の額を控除することも難しいので,前々月までさかのぼって過払金を認定し,前々月より前の過払金は,返還しなくても差し支えないとした方がよいのではないかと思います。

 

 また,福祉事務所の過失による過払金の生活保護法第63条の返還額の決定にあたっては,既に保護費は生活費などに消費し,自立更生費に充てるべき金銭が存在してないことがほとんどであり,自立更生費に充てるべき金銭が存在していないにもかかわらず,災害等による補償金を受領した場合や,年金を遡及して受給した場合など,自立更生費に充てるべき金銭が存在している場合に適用する「別冊問答集」問13-5の自立更生費の考え方を,そのままこれに当てはめること自体に無理があるのではないか,「別冊問答集」問13-5の自立更生費の考え方とは 別の考え方が必要ではないか,つまり,厚生労働省の新たな通知が必要ではないか と思われます

 

 それに,生活保護法第63条では,「その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において,保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と規定されており,「別冊問答集」問13-5のように,全額返還が原則とは規定されていません。 「別冊問答集」というのは,厚生労働省の保護課長事務連絡に過ぎず,地方自治体に対する強制力はありませんが,地方自治体は,原則として「別冊問答集」の規定に従うこととなっています。

 しかしながら,役所の法律解釈については,「行政解釈」と言われているとおり,法律の最終的な解釈権は,役所ではなく,裁判所(もちろん最終的には最高裁判所)にあります。

 

 上記のことを役所の担当者に説明しても,役所が,返還額の決定にあたって自立更生費を認めないときは,法テラスを通じて生活保護制度に詳しい弁護士に相談し,上記の福岡地裁東京地裁の判決文を添付して,都道府県知事に対して 返還処分の取消しを求める審査請求を行いましょう。

 福祉事務所の過失による過払金の全額返還処分については,最近では,原告(生活保護受給者)の主張が認められることが多くなっています。

 

 

(参考)

生活保護

(費用返還義務)

第63条 被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において 保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。

 

 

生活保護手帳・別冊問答集

〇問13-5 法第63条に基づく返還額の決定

(問)

 災害等による補償金を受領した場合,年金を遡及して受給した場合等における法第63条に基づく返還額の決定に当たって,その一部又は全部の返還を免除することは考えられるか。

 

(答)

(1)法第63条は本来,資力はあるが,これが直ちに最低生活のために活用できない事情にある場合にとりあえず保護を行い,資力が換金されるなど最低生活に充当できるようになった段階で既に支給した保護金品との調整を図ろうとするものである。

  したがって,原則として当該資力を限度として支給した保護金品の全額を返還額とすべきである

 

(2)しかしながら,保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については,次の範囲においてそれぞれの額を本来の要返還額から控除して返還額を決定する取扱いとして差し支えない

  なお,次第8の3の(5)に該当する必要経費については,当該収入から必要な最小限度の額を控除できるものである。

  ア 盗難等の不可抗力による消失した額。(事実が証明されるものに限る。)

  イ 家屋補修,生業等の一時的な経費であって,保護(変更)の申請があれば保護費の支給を行うと実施機関が判断する範囲のものにあてられた額。(保護基準額以内の額に限る。)

  ウ 当該収入が,次第8の3の(3)に該当するものにあっては,課第8の40の認定基準に基づき実施機関が認めた額。(事前に実施機関に相談があったものに限る。 ただし,事後に相談があったことについて真にやむを得ない事情が認められるものについては,挙証資料によって確認できるものに限り同様に取り扱って差し支えない。)

  エ 当該世帯の自立更生のためのやむを得ない用途にあてられたものであって,地域住民との均衡を考慮し,社会通念上容認される程度として実施機関が認めた額。

    なお,次のようなものは自立更生の範囲には含まれないものである。

   ① いわゆる浪費した額

   ② 贈与等により当該世帯以外のためにあてられた額

   ③ 保有が容認されない物品等の購入のためにあてられた額

  オ 当該収入があったことを契機に世帯が保護から脱却する場合にあっては,今後の生活設計等から判断して当該世帯の自立更生のために真に必要と実施機関が認めた額。

 

(3)返還額の決定は,担当職員の判断で安易に行うことなく,法第80条による返還免除の決定の場合と同様に,そのような決定を適当とする事情を具体的かつ明確にした上で実施機関の意思決定として行うこと

     なお,上記のオに該当するものについては,当該世帯に対してその趣旨を十分説明するとともに,短期間で再度保護を要することとならないよう必要な生活指導を徹底すること。

 

 

大野城市生活保護事件で勝訴・確定

  (「北九州第一法律律事務所」ホームページより)

                     平成26年4月10日 弁護士 髙木佳世子

 

1 大野城市生活保護を受給していた原告Aさんは,年金が少なく,70歳を過ぎてから,膝を手術しなければならなくなって仕事ができなくなったため,生活保護を受給するようになりました。申請のとき,老齢年金と遺族年金を受給していることを申告して資料も提出していたのに,福祉事務所は遺族年金を見落としており,月々約1万4,000円多く保護費を支給してきました。Aさんは,保護費の金額に疑問を抱くこともなく,年金と保護費を生活費として全て使い切って生活してきました。平成23年3月,過誤払いがあったとして福祉事務所長は全額(約29万円)を生活保護法63条に基づいて返還するよう求めました。

 また,Aさんは膝が悪かったため,30年以上住み続けてきたエレベーターのない団地で,低い階への転居を勧められており,ちょうど低い階の部屋が空いたため,転居することになりました。

 しかし,福祉事務所は,生活保護で支給される家賃(住宅扶助)の特別基準(4万1,100円)を超えていることを理由に,敷金は1円も出さないと決定しました。また,家賃は実際には4万3,600円ですが,特別基準までしか支給されないことになりました。

 

2 これらの処分3つについて,Aさんは2012年4月に福岡地方裁判所に提訴し,2014年3月11日,判決が言い渡されました。判決は,原告が全額を生活保護費として使い切っており,全額を返還させることは原告の自立を著しく阻害する可能性があったとして,生活実態の調査や過誤払い金の使途を調査せずに行った返還決定は違法であると認め 取り消しました

 また,敷金については,行政内部の通知は,特別基準×3まで支給してよいことを定めたにすぎず,家賃が特別基準を超えているときに1円も出してはいけないと言っているわけではないとして,支給しないとする決定を取り消しました

 家賃については,特別基準を超える額は認められませんでしたが,その理由は,大野城市内に特別基準以内の家賃の家がなかったわけではないから,ということです。しかし,長年住み続けた,人間関係のある団地でしか安心して地域生活を送れない高齢のAさんの特殊事情をふまえて,柔軟な対応がなされるべきであったと弁護団としては考えています。

 

3 大野城市は判決に対して控訴せず,Aさんの勝訴判決は確定しました。63条の返還額の決定,敷金支給の点ともに,この判決をきっかけに今後の全国の生活保護の運用が改善されることを願っています。

 

 

大野城市福祉事務所事件勝訴判決

  (「福岡第一法律事務所」ホームページより)

                     平成26年3月16日 弁護士 深堀 寿美

 

1 平成26年3月11日,福岡地方裁判所第三民事部は,大野城市福祉事務所事件において,生活保護制度利用者である原告勝訴の判決を言い渡しました。この事件に,当事務所では,複数の弁護士が関与していました(國府,八木,星野,城戸,深堀)。

 

2 争点は複数,あります。

 争点1は,福祉事務所が間違って多く支払った保護費の返還が認められるかどうか,

 争点2は,当該生活保護制度利用者が地方自治体の設定する最高額を超える家賃のところに住まう必要があるときに,当該家賃全額を生活保護制度から支出することができるか,

 争点3は,生活保護制度利用者が,地方自治体の設定する最高額を超える家賃のところに引っ越す必要があるときに,生活保護制度で敷金が支給されるのか です。

 

 裁判所は,争点1について,生活保護制度利用者が負担すべきかどうか,過誤払いの状況,利用者の生活状況に勘案して福祉事務所の方はもう少し慎重に検討すべきなのに,そのような検討もせず一方的に返せというのは裁量権の濫用だとして,福祉事務所の返還決定処分を取り消しました。

 争点2,設定の最高額を超える家賃設定については,必ずしもその必要性があるかどうか疑問なので,その義務まで福祉事務所に負わせることはできないとし,利用者の請求を退けました。

 また,争点3について,生活保護の実施要領の解釈としては,基準家賃を超えるところに引っ越したからと言って,それだけで,敷金を1円も出さないということにはならないだろうから,敷金の支給について,もう少し慎重に検討すべきであったのに,そのような検討もせず一切支給しないというのは裁量権の濫用だ,として,不支給決定を取り消しました。

 

3 この判決は,まず,福祉事務所が過誤払いをしたが,税金だからとにかく全額戻してもらう,という硬直した扱いは認められないことを認めています。生活保護制度利用者は,最低限度の生活費の支給しか受けておらず,「過誤払いを返せ」といわれても,使ってしまったものは,将来の最低生活費でしか返還できず,そうなると,相当な期間,最低生活を下回る生活を余儀なくされます。そのようなことは適当ではないので,裁判所のいうことは当然と言えば当然でした。

 また,必要な引っ越しに当たって支給される敷金扶助に関しても,いくら生活保護費が支給されない高い家賃のところへ引っ越すのは望ましくないからといって,基準内のところであれば支給されるはずの敷金扶助が1円も出ないというのはどう考えてもおかしいです。しかし,実務では,この扱いが一般的になってしまっていました。すると,そもそも,生活保護制度利用者の方が,敷金が出ないのであれば引っ越しができないと,必要なのに高い家賃のところへ引っ越すことを諦めてしまって問題が顕在化しなかったり,裁判で争っても,そもそも引っ越しの必要性やその他のことが問題になったりして,敷金を1円も出さない実務がおかしい,という判断を引き出すことができていませんでした。

 しかるに,今回の事件では,家賃が設定額を多少超えても,当該家賃のところに引っ越す必要性は福祉事務所も認めていることなので,そのような時にまで1円も支給しないのはおかしい,という明白な判断を示した画期的な判決です。

 

4 考えてみれば,二つとも至極当たり前の判断です。 なのに,こと生活保護制度に関しては,当たり前のことがなぜだか通りません。私が昔担当した,「学資保険裁判」でもそうでした。高校に行くために前々からお金を貯めて準備する,その当たり前のことが生活保護制度利用者には認められない,と言われた不当な事件でした。

 以前の学資保険裁判もそうでしたが,今回の裁判でも,この「当たり前」のことを裁判所が「当たり前」ときちんと判断してくれるおかげで,どれだけ沢山の生活保護利用者のみなさんを励ますことができるか。

 当事務所の担当弁護士や弁護団の弁護士は,学者の方の助力も得てもちろん勝訴すべく奮闘しました。が,きちんと判断してくれた裁判所にも謝意を表したいと思います。

 

 

 

〇東京都生活保護返還金決定処分等取消請求事件について               

                                 (概要)

【事件番号】平成27(行ウ)625

【事件名】生活保護返還金決定処分等取消請求事件

【裁判所】東京地方裁判所

【裁判年月日】平成29年2月1日

 

 【事案の概要】

 本件は,生活保護を受けている原告が,東京都A福祉事務所の職員の過誤により,原告が収入として申告していた原告の長女に係る児童扶養手当について収入認定がされていなかったこと及び原告について冬季加算の削除の処理がされていなかったことによる生活保護費の過支給が生じていたことにつき,保護の実施機関である東京都知事の権限の委任を受けた東京都A福祉事務所長から,生活保護(以下「法」という。)63条に基づき,過支給に係る生活保護費59万1,300円の全額を返還すべき額とする旨の決定(以下「本件処分」という。)を受けたことから, ① 現に資力のない被保護者に対する返還決定は同条に違反して違法であり, ② 仮にそうでないとしても,本件処分には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり, ③ さらに,手続上の瑕疵として聴取・調査義務違反があるから,本件処分は違法である旨主張して,その取消しを求める事案である。

 

【判示事項】

 保護の実施機関である都道府県知事の権限の委任を受けた福祉事務所長が生活保護法63条に基づいて被保護者に対してした,同福祉事務所の職員の過誤により過支給となった生活保護費の全額を返還すべき額とする旨の決定が,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法とされた事例

 

【裁判要旨】

 保護の実施機関である都道府県知事の権限の委任を受けた福祉事務所長が生活保護法63条に基づいて被保護者に対してした,同福祉事務所の職員の過誤により過支給となった生活保護費の全額を返還すべき額とする旨の決定は,次の(1),(2)など判示の事情の下では,同福祉事務所長に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして,違法である

 

(1)上記決定に至る過程で,上記福祉事務所長において,同決定当時の上記被保護者の資産や収入の状況,その今後の見通し,過支給に係る生活保護費の費消の状況等の諸事情を具体的に調査し,その結果を踏まえて,上記生活保護費の全部又は一部の返還をたとえ分割による方法によってでも求めることが,同被保護者に対する最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなるおそれがあるか否か,同被保護者及びその世帯の自立を阻害することとなるおそれがあるか否か等についての具体的な検討をしなかった

 

(2)専ら上記福祉事務所の職員の過誤により相当額に上る生活保護費の過支給がされたのに,上記決定に当たり,上記の過誤に係る職員に対する損害賠償請求権の成否やこれを前提とした当該職員による過支給費用の全部又は一部の負担の可否についての検討がされなかった