生活保護の審査請求をしよう

生活保護の質問に答えます。役所の決定に疑問があったら、生活保護の審査請求をしましょう。

<生活保護と審査請求書> 【問】県知事に審査請求を行おうと考えていますが,審査請求書の書き方が分からないので 教えてください。

 私は,うつ病により 障害年金の裁定請求を行った結果,令和元年6月分から障害厚生年金3級の受給を開始するとともに,令和元年6月15日に精神障害者保健福祉手帳2級の交付を受けたため,令和元年7月から精神障害者保健福祉手帳2級に基づき障害者加算3級の支給を受けました。

 

 ところが,令和5年8月16日にA市福祉事務所の担当ケースワーカーCから,「障害者加算の認定にあたっては,障害年金の障害等級が,精神障害者保健福祉手帳の障害等級に優先するため,令和元年7月分から障害者加算を支給していたことは誤りであったので,令和5年9月から障害者加算を削除するとともに,令和元年7月分から令和5年8月分までの4年2か月分の障害者加算に相当する保護費 890,500円を返還してもらう必要がある(障害厚生年金3級の場合は,障害者加算3級を認定できないため)。」と言われ,同年9月6日に「保護費返還決定通知書」を受け取りました。

 

 しかし,私は,A市福祉事務所の担当ケースワーカーCが,誤って保護費を多く支給していたとは全く思いもしませんでしたので,保護費のほとんどを生活費などに使ってしまいました。

 それに,私には何の落ち度もなく,A市福祉事務所の担当ケースワーカーCの過誤により保護費を多く支給していたにもかかわらず,担当ケースワーカーCや A市福祉事務所は何の責任もとらず,まるで私だけが悪いかのように,過払いとなった保護費を全額返還するよう言われても,納得できまん。

 そのため,B県知事に審査請求を行おうと思いますが,審査請求書の書き方が分からないので 教えてください。

 

【答】

 今回は,福祉事務所の過誤による保護費の過払金の返還処分に対する審査請求について説明します。

 審査請求書については,都道府県によって様式が定められているところもありますので,審査請求を行おうとする都道府県のホームページから審査請求書の様式をダウンロードするか,又は 各都道府県の審査請求担当部署に問い合わせ,審査請求書の様式を入手してください。

 

 自分で審査請求書を作成しようと思う人は,次の「審査請求書の記載例」を参考にして作成してください(次の「審査請求書の記載例」の「5 審査請求の理由」の最初の10行部分は,あなたの事案をもとに修正し,添付資料として平成29年2月1日 東京地方裁判所判決文を 審査請求書に付けてください。)。

 また,自分で審査請求書を作成することが難しいときは,法テラスを通じて弁護士などに審査請求書の作成を相談・依頼してください。

 

 なお,審査請求の手続きが面倒な人は,福祉事務所に対して返還には納得できないと主張し,納付書が送られてきても返還しなければ,福祉事務所としては,あなたに返還をお願いするしか方法はありません(法第78条の徴収金については,返済しない場合は 罰則がありますが,法第63条の返還金については,返還しなくても 罰則はありません。)。

 また,毎月少しずつでも返還したいと思う人は,月額500円~1,000円の返還でも差し支えありません。 毎月500円~1,000円の返還しかできない と福祉事務所に主張すれば,福祉事務所としては,自分たちに過失があるので,それを認めざるを得ないのです。

 

 

(記載例)

              審査請求書(案)

 

                               令和5年○月○日 

 

  B県知事 ○○ ○○ 殿

 

                      審査請求人 ○○ ○○

 

 生活保護法による保護決定処分について不服があるので,次のとおり審査請求をします。

 

1 審査請求人の住所,氏名及び年齢

  住 所 ○○○○○○○○○○○○○○○

  氏 名 ○○ ○○    (○歳)

 

2 審査請求に係る処分

  A市福祉事務所長が私に対して行った,令和5年9月4日付の保護費返還処分

 

3 審査請求に係る処分があったことを知った年月日

  令和5年9月6日

 

4 審査請求の趣旨

 A市福祉事務所長が私に対して行った,令和5年9月4日付の保護費返還処分を取り消す,との裁決を求めます。

 

5 審査請求の理由

 私は うつ病により 障害年金の裁定請求を行った結果,令和元年6月分から障害厚生年金3級の受給を開始するとともに,令和元年6月15日に精神障害者保健福祉手帳2級の交付を受けたため,令和元年7月分から精神障害者保健福祉手帳2級に基づき 障害者加算3級の支給を受けました。

 ところが,令和5年8月16日にA福祉事務所の担当ケースワーカーCから,障害者加算の認定にあたっては,障害年金の障害等級が,精神障害者保健福祉手帳の障害等級に優先するため,令和元年7月分から障害者加算を支給していたことは誤りであったので,令和5年9月から障害者加算を削除するとともに,令和元年7月分から令和5年8月分までの4年2か月分の障害者加算に相当する保護費 890,500円を返還する必要があると言われました。

 

 しかし,私は,福祉事務所が誤って保護費を多く支給していたとは 全く思いもしませんでしたので,保護費のほとんどを生活費などに使ってしまいました。

 そのため,担当ケースワーカーCに相談しましたが,生活費などに消費した場合は,自立更生費としては認められないので,返還金から自立更生費として控除することはできないと言われ,同年9月6日に,生活保護法第63条に基づき,令和元年7月から令和5年8月までの障害者加算に相当する保護費 890,500円全額の返還を求める旨の「保護費返還決定通知書」を受け取りました。

 しかし,私には何の落ち度もなく,福祉事務所の担当ケースワーカーの過誤により保護費を多く支給していたにもかかわらず,担当ケースワーカーや A福祉事務所は 何の責任もとらず,まるで私だけが悪いかのように,過払いとなった保護費の全額を返還するよう言われても,納得できません。

 生活保護法第63条に基づく返還額の決定方法を定めた「別冊問答集」問13-5の答には,「原則として当該資力を限度として支給した保護金品の全額を返還額とすべきであるが,保護金品の全額を返還額とすることが,当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については,次の範囲においてそれぞれの額を本来の要返還額から控除して返還額を決定する取扱いとして差し支えない。」とされており,消費した生活費を自立更生費として認めることができる旨の記述はありませんが,「保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については,次の範囲においてそれぞれの額を本来の要返還額から控除して返還額を決定する取扱いとして差し支えない。」とされています。

 私は,過払いとなった保護費のほとんどを消費済みであり,返還すべき保護費は手元になく,保護金品の全額を返還額とすることは,最低生活費を下回る生活を強いられ,当該世帯の自立を著しく阻害すると考えられますので,本来の要返還額から一定額を控除して返還額とすることができると考えます。

 また,生活保護法第63条には,「被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と定められており,消費した生活費を自立更生費として認めてはならない旨の規定はありません。

 さらに,大野城市の事案における福岡地裁判決(平成26年3月11日)では,「保護手帳は,自立更生費については,① 浪費した額, ② 贈与等当該世帯以外のために充てられた額, ③ 保有が容認されない物品等の購入に充てられた額は該当しないと規定しているにすぎないことからすると,一定の生活費についても自立更生費に該当すると解釈することも可能と解される。」とし,一定の生活費についても自立更生費に該当すると解釈することも可能と解されると判示しており,この福岡地裁の判決については,大野城市が控訴しなかったため,同市の敗訴で判決が確定しています。

 また,東京都の事案における東京地裁判決(平成29年2月1日)では,「本件全証拠によっても,本件処分に至る過程で,東京都A福祉事務所長において,本件処分当時の原告の資産や収入の状況,その今後の見通し,本件過支給費用の費消の状況等の諸事情を具体的に調査し,その結果を踏まえて,本件過支給費用の全部又は一部の返還を たとえ分割による方法によってでも求めることが,原告に対する最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなるおそれがあるか否か,原告及びその世帯の自立を阻害することとなるおそれがあるか否か等についての具体的な検討をした形跡は見当たらない。 (略) このような,専ら東京都D福祉事務所の職員の過誤により相当額に上る生活保護費の過支給がされたという本件過支給が生じた経緯に鑑み,また,法63条の規定が不当に流出した生活保護費用を回収して損害の回復を図るという側面をも趣旨として含むものと解されることを併せ考慮すれば,本件過支給費用の返還を義務付けることとなる処分が,処分行政庁側の過誤を被保護者である原告の負担に転嫁する一面を持つことは否定できず,本件過支給費用の返還額の決定に当たっては,損害の公平な分担という見地から,上記の過誤に係る職員に対する損害賠償請求権の成否や これを前提とした当該職員による過支給費用の全部又は一部の負担の可否についての検討が不可欠であるものというべきである。 ところが,本件全証拠によっても,本件処分に当たり,上記のような検討がされたものとはうかがわれないから,そのような検討を欠いたままで本件過支給費用の全額の返還を原告に一方的に義務付けることとなる本件処分は,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものといわざるを得ない。」と判示しており,東京都は,この判決に対して控訴しなかったため,都の敗訴で判決が確定しています。

 東京地裁の判決では,「たとえ分割返還であっても,原告に対する最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなるおそれがあるか否か,原告及びその世帯の自立を阻害することとなるおそれがあるか否か等についての具体的な検討する必要があり,また,本件過支給費用の返還を義務付けることとなる処分が,処分行政庁側の過誤を被保護者である原告の負担に転嫁する一面を持つことは否定できず,本件過支給費用の返還額の決定に当たっては,損害の公平な分担という見地から,上記の過誤に係る職員に対する損害賠償請求権の成否や,これを前提とした当該職員による過支給費用の全部又は一部の負担の可否についての検討が不可欠であるものというべきであるが,本件全証拠によっても,本件処分に当たり,上記のような検討がされたものとはうかがわれないから,そのような検討を欠いたままで本件過支給費用の全額の返還を原告に一方的に義務付けることとなる本件処分は,社会通念に照らして著しく妥当性を欠く。」との判断を示しており,分割返還したからと言って,返還額の合計額が変わるわけではなく,毎月の返還額を少額にすれば,それだけ返還期間が長くなり,長期間にわたって最低生活費以下の生活を強いることになることから,返還処分の適法性が認められるものではありません。

 したがって,行政不服審査法第5条に基づき,本件審査請求を行うものです。

 

6 処分庁の教示の有無及びその内容

 保護変更決定通知書に付記された教示文により,「この決定に不服があるときは,決定のあったことを知った目の翌日から起算して60日以内に県知事に対し,審査請求することができる」旨の教示を受けた。

 

7 本件の審査については,行政不服審査法第25条1項ただし書による口頭審理,及び同法33条2項による処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めます。

 

 

 

(添付資料)

1 平成29年2月1日 東京地方裁判所判決  086893_hanrei.pdf (courts.go.jp)

 

2 大野城市63条返還及び住宅扶助特別基準設定事件(福岡地裁 平成26年3月11日判決)

【事案の内容】

 生活保護を受給していた原告が、処分行政庁から、①処分行政庁が原告の受給していた厚生年金を看過して生活保護費の過誤払いを行ったところ、生活保護法63条に基づきその全額の返還を命じられた処分、②転居するにあたって住宅扶助費(家賃)月額4万3600円の申請に対し、実施機関かぎりで認定できる上限額である月額4万1100円と認定された処分、③転居に要する敷金を支給する旨の申請に対し、これを支給しない旨の処分を受けたため、これらの各処分の取消しを求めて提訴した。

 

【問題の所在】

(1)法63条は「…資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは…その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と費用返還義務を定めるが、その判断枠組みが問題となる。

(2)被保護者に転居が必要な一定の場合に転居費用(敷金等)が支給されるが、転居先の家賃が特別基準額を超える場合にも敷金は支給されるか。(現在の運用では、実施要領の規定を形式的に解釈し、転居先の家賃が特別基準額を超える場合には敷金支給が一切認められない。)

 

【判断】

(1)法63条の適用について

 法63条の適用について、最高裁判決(平成18年2月7日第三小法廷判決)を参照し、「保護の実施機関が、返還額決定について有する裁量は、全くの自由裁量ではなく、返還額の決定に当たり、自立更生のためのやむを得ない用途にあてられた金品及びあてられる予定の金品(以下、併せて「自立更生費」という。)の有無、地域住民との均衡、その額が社会通念上容認される程度であるか否か、全額返還が被保護者世帯の自立を著しく阻害するかという点について考慮すべきである」、「その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法判断においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が重要な事実を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となる」として、本件については原告の生活実態や収入、過誤払いの額、原告が過誤払いを知らなかったこと、原告が過誤払金を浪費したとの事実は認められないこと等を踏まえて、処分取り消しを認めた。

 

(2)住宅扶助費について

   転居の必要性を認めたが、裁量権の逸脱・濫用を認めなかった。

 

(3)転居費用(敷金支給)について

 実施要領の規定が、特別基準額「以内の家賃又は間代を必要とする住居に転居するとき」としているものの、これは「特別基準額に3を乗じて得た額の範囲内であれば、処分行政庁において、必要な額を認定して差しつかえない旨を定めたものにすぎない」として、支給することの可否等について厚生労働省に情報提供するなどして検討すべきであったのに、形式的判断により敷金相当額を一切支給しなかったもので、裁量権の逸脱・濫用があったとして、処分を取り消した。(一審で確定)