生活保護の審査請求をしよう

生活保護の質問に答えます。役所の決定に疑問があったら、生活保護の審査請求をしましょう。

<生活保護と相続放棄> 【問】生活保護を受けている人は,相続放棄ができないのですか?

 私は 生活保護を受けていますが,先日,父が亡くなり,財産が少し残りました。 私は,昔,両親や兄弟に多くの迷惑をかけたので,父の遺産を相続放棄しようと思っています。

 しかし,役所の担当者から,「生活保護法第4条第1項には,『保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。』と定められているので,生活保護を受けている人は,相続財産については,売却などにより最低限度の生活の維持のために活用しなければならないため,勝手に相続を放棄することはできない。」と言われました。

 私は,本当に父の遺産を相続放棄することはできないのですか。

 

【答】

 役所の担当者が,「生活保護を受けている人は,相続を放棄することはできない。」と言っていることは誤りです。

 例えば,「Q&A 生活保護利用者をめぐる法律相談」(編集:大阪弁護士会という本には,「相続放棄は身分行為ですので,相続人が自由にするかしないか判断することができます。 実施機関によっては,本問のような指導指示などを行う場合がありますが,生活保護利用者だからといって相続の承認を強制するような取扱いには問題があります。‥‥‥ 相続人が行った相続放棄を債権者が詐害行為として取り消すことができるか(民法424条)について争われた最高裁 昭和49年9月20日判決は,『相続の放棄のような身分行為については,他人の意思によってこれを強制すべきでないと解するところ,もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば,相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり,その不当であることは明らかである。』と判示しています。 したがって,生活保護利用者だからといって相続の承認を強制するような指導指示は,『被保護者の自由を尊重し,必要の最少限度に止めなければならか。』という生活保護法27条2項に違反するものと言わざるを得ません。」と書かれています。

 つまり,昭和49年の最高裁判決によれば,役所は,生活保護を受けている人が,相続を放棄しようとした場合,それを止めることはできないということになります。

 

 ところが,インターネットで調べると,弁護士によって,「被保護者は相続放棄はできない。」と書かれているものもあります。 これは,どういうことでしょうか。

 最高裁判決では、「相続放棄については,身分行為であるから,詐害行為取消権の対象とならない。 つまり,債権者は,民法の詐害行為取消権により,債務者の相続放棄を取り消すことができない。」(昭和49年9月20日判決)とされています。

 その一方で,「遺産分割協議による事実上の相続放棄(AとBの2人の相続人がいる場合に,遺産分割協議により,Aに全部の遺産を相続させることは,Bが事実上,相続放棄したことと同じである。)については,財産権を目的とした法律行為であるから,詐害行為取消権の対象となり得る。 つまり,債権者は,民法の詐害行為取消権に基づき,債務者の遺産分割協議結果(事実上の相続放棄)を取り消すことができる。」(平成11年6月11日判決)とされています。

 

 そこで,ある司法書士事務所のホームページには,「法的に厳格な意味での相続放棄は,法的に最初から相続人ではなかったという構成を法律はとっている。 そういう相続人でなくなるという身分行為に債権者は口出しするべきではないと考えられる。

 また,この相続放棄限られた期間内に行わなければならないということから,詐害性ある行為は生じにくいと考えられる。 一方,遺産分割協議については,一度は相続人となったが,具体的な取り分をゼロとしたという財産行為であるから,債権者としてはその財産的処分行為について納得できないとして口出しできてよい場合があるという点にあると思われます。」と書かれています。

 

 つまり,相続放棄「遺産分割協議による事実上の相続放棄の違いは,「相続放棄は,身分行為であり,相続の開始があったことを知ったときから3か月以内家庭裁判所にその旨の申述を行う必要があり,詐害性ある行為は生じにくいので,債権者は,詐害行為取消権によっては相続放棄を取り消すことができないことに対して, 遺産分割協は,一旦は相続人になることを承認した後に,相続人間の協議により,具体的な取り分をゼロにするという財産権を目的とした法律行為であるから,債権者としてはその財産的処分行為について納得できないとして,詐害行為取消権により取り消すことができる。」とされているように思われます。

 

 要するに,相続放棄を行うつもりであるならば,相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に行うべきであり,3か月以内に相続放棄を行わずに,一旦は相続することを承認したにもかかわらず,その後で,遺産分割協議という方法で事実上の相続放棄を行うことによって 債権者に不利な行為を行うことは許されず,詐害行為取消権により遺産分割協議結果を取り消すことができる。」ということではないかと思います。

 

 したがって,生活保護を受けている人が,昔,親や兄弟に迷惑をかけたという理由で相続放棄したいと言ってきた場合に,役所は,できるだけ相続放棄しないようにお願いをすることができるものの,相続放棄をしない(相続を承認する)という内容の指導指示を行うことはできませんが, 生活保護を受けている人が,相続の開始があったことを知ったときから3か月以内相続放棄を行わずに,遺産分割協議により事実上の相続放棄を行おうとする場合は,事実上の相続放棄を行わない(相応の遺産を受け取る)という内容の指導指示を行うことはできると思われます。

 

 また,生活保護を受けている人が,上記の指導指示に従わず,遺産分割協議により事実上の相続放棄を行った場合は,詐害行為取消権により遺産分割協議結果を取り消すことができますが, 詐害行為取消権を行使する場合は,訴訟を提起する必要があり民法424条1項本文),その場合,受益者又は転得者を被告として取消訴訟を提起することになり(生活保護を受けている人を 被告として訴えることはできません。),役所が 訴訟を起こす場合は,議会の議決が必要になりますので,手続きが面倒です(実態としては,「相続放棄」よりも「遺産分割協議により事実上の相続放棄」の方が多いと思われます。)。

 

 それでもなお,役所の担当者が,「生活保護を受けている人は,相続を放棄することはできない。」と主張する場合は,法テラスを通じて生活保護制度に詳しい弁護士や,各地の生活保護支援ネットワークなどの生活困窮者支援団体に相談し,役所に説明してもらうか,又は 役所から相続放棄をしないよう言われても,さっさと相続放棄をしましょう。

 

 

(参考)

〇昭和49年最高裁判決

 最高裁は,被相続人の債権者(相続債権者)が資産を有する共同相続人の相続放棄が詐害行為にあたるとしてその取消しを求めた事案において,相続放棄は身分行為であって詐害行為取消権の対象とはならないと判示した(以下,この最高裁判例を「昭和49年最高裁判決」という。)。具体的な事案の概要と判旨は,以下の通りである。(原告:相続債権者)

 

[事案]

 破産会社A社は,株主である(創業者で,かつ破産時まで代表取締役であった)Bに対して株金払込債権及び遅延損害金合計46万円余の債権を有していた。その後,Bは死亡したが,Bの子であるY1~Y3は相続を放棄し,Y1らの母で無資力のCのみがBの債務を相続した。 

 実は,Bは別途78万円の確定した破産債権を有していたが,Y1らは取立不能であると判断し債務超過であるとして,相続放棄の申立てを行っていた。

 そこで,A社の破産管財人であるXが,当該相続放棄は詐害行為であるとして提訴。 第一審,原審ともに,Y1らが勝訴。 X上告。

 

[判旨]上告棄却

 相続の放棄のような身分行為については,民法424条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。 なんとなれば,右取消権の対象となる行為は,積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し,消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ,相続の放棄は,相続人の意思からいって,また法律上の効果からいつても,これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりは,むしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが,妥当である。 また,相続の放棄のような身分行為については,他人の意思によってこれを強制すべきでないと解するところ,もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば,相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり,その不当であることは明らかである。