生活保護の審査請求をしよう

生活保護の質問に答えます。役所の決定に疑問があったら、生活保護の審査請求をしましょう。

<生活保護と交通事故> 【問】交通事故に遭ったときは,私のケガの治療費は 生活保護費から支給してもらえますか?

 私は,自転車で走行中に 自転車同士の事故に遭い,お互いにケガをしましたが,私も相手の人も,自転車保険に加入していませんでした。

 この場合,通常では「私のケガの治療費」のうち,相手側の過失割合分は 相手が支払い,私の過失割合分は 生活保護の医療扶助から支払われると聞きました。

 しかし,私の治療費について,相手が,相手側の過失割合分の支払能力を持ってないときは,私の治療費は,生活保護の医療扶助から支払ってもらえるのですか。

 

 また,「相手側のケガの治療費」のうち,相手側の過失割合分は,相手側が自分の国民健康保険を利用して負担することになると思いますが,私の過失割合分については,私は生活保護を受けており,支払能力がなく,相手の治療費を生活保護の医療扶助から支払ってもらえるわけではないので(相手は 生活保護を受けてないため),相手の人は,私の過失割合分の治療費についても,自分で負担しなければならないのでしょうか。

 

 

【答】

 あなたと相手の人は,お互いに自転車保険に加入していなかった とのことですが,その場合でも,お二人は 自宅の火災保険に加入していると思います。 そして,火災保険の大部分には,「個人賠償責任特約」が付いていて,自転車事故による双方のケガの治療費については,お互いの自宅の火災保険に付いている「個人賠償責任特約」から保険金として支払われます。

 

 この「個人賠償責任特約」は,自宅が持家であっても賃貸住宅であっても,火災保険の大部分には付いています(中には,「個人賠償責任特約」が付いてない火災保険があるかもしれませんが,私の経験では,その数は かなり少ないと思います。 特に賃貸住宅については,不動産管理会社が火災保険の代理店を兼ねていることが多く,受け取る火災保険料のマージンを多くするため,不動産管理会社が賃借人に加入を勧める火災保険は,必要以上に補償額が大きく,保険料も高いものが多いので,そのほとんどに「個人賠償責任特約」が付いています。)。

 

 つまり,「あなたのケガの治療費」のうち,相手側の過失割合分は,相手が加入している自宅の火災保険に付いている「個人賠償責任特約」から保険金として支払われ,あなたの過失割合分は,生活保護の医療扶助から支払われます。

 

 一方,「相手側のケガの治療費」のうち,あなたの過失割合分は,あなたが加入している自宅の火災保険に付いている「個人賠償責任特約」から保険金として支払われ,相手側の過失割合分は,相手が加入している国民健康保険又は健康保険から7割が支払われ,相手が負担する3割の自己負担分については,高額療養費制度により,一定の額を負担すればよいことになります。

 

 また,今回の自転車事故により,お互いの自転車が故障し 修理が必要なときは,その修理費については,相手側の過失割合分が,相手が加入している火災保険の「個人賠償責任特約」から保険金として支払われ,あなたの過失割合分の修理費は,あなたの自己負担になります。

 

 さらに,治療費だけでなく,「慰謝料」についても,相手側の過失割合分が,相手が加入している火災保険に付いている「個人賠償責任特約」から保険金として支払われます。

 交通事故による慰謝料については,自立更生費が認められていますので,家電製品や家具等の購入費用や,子どもの教育費などに自立更生費が認められ,慰謝料から自立更生費と8,000円が控除された額が,生活保護法第63条による返還額となります。

 

 そして,役所は,あなたのケガの治療費のうち,あなたの過失割合分を 生活保護の医療扶助から病院に支払っていますが,あなたが慰謝料をもらっていても,その慰謝料の中から あなたのケガの治療費(生活保護の医療扶助適用分)を支払う必要はありませんし,役所は,あなたに治療費の支払いを請求することはできません。

 この理由は,「個人賠償責任特約」による慰謝料の資力発生日が,自転車事故発生日ではなく,示談成立日であるため,示談成立日(=資力発生日)より前に発生した自転車事故によるケガの治療費については,「個人賠償責任特約」による慰謝料に対して,生活保護法第63条に基づく返還を求めることができないためです。

 

 つまり,生活保護法第63条は,資力があっても,それがすぐには現金化することができず,生活費や医療費等に困窮している場合に 生活保護費を支給し,資力が現金化されたときに,資力発生日から資力現金化までの間に支給された生活保護費(医療費を含む)の範囲内で,生活保護費(医療費を含む)の返還を求めるものですから,当然のことながら,「個人賠償責任特約」による慰謝料の資力発生日(=示談成立日より前に発生した自転車事故によるケガの治療費については,生活保護法第63条により返還を求めることができないということになります。

 

 もっとも,「個人賠償責任特約」による慰謝料の資力発生日は 示談成立日ですから,慰謝料を受領したときは,上記のとおり,慰謝料の示談成立日(=資力発生日)以降に支給された生活保護費の範囲内で,慰謝料から自立更生費と8,000円を控除した額について,生活保護法第63条により返還を求められることになります(なお,自動車事故の場合は,自賠責保険の資力発生日は 交通事故発生日で,自動車任意保険の資力発生日は 示談成立日とされています。)。

 

 この「個人賠償責任特約」は,補償額の上限が1億円の場合が多いので,仮に事故で入院・手術が必要であったとしても,通常,保険の補償額の範囲内に収まります。 自宅の火災保険に「個人賠償責任特約」が付いていることを知らない人が多く,また,「個人賠償責任特約」が付いていても,自転車事故に適用されることを知らない人が多いようです。

 

 仮に あなたが自転車保険に加入していたとしても,相手のケガに対する補償は,「自転車保険」又は 火災保険に付いている「個人賠償責任特約」のどちらか一方から行われますので,自宅の火災保険に「個人賠償責任特約」付いている場合は,自転車保険には加入しなくても差し支えないと思います。

 しかし,自転車保険には,「個人賠償責任保険」だけでなく,入院給付金や死亡保険金なども付いていますので,それらを希望する人は 加入してもよいと思いますが,自転車保険という形ではなく,入院給付金や死亡保険金などを目的とした生命保険や傷害保険に 別途加入するという方法でもよいのではないでしょうか。

 

 そこで,まず,あなたが加入している自宅の火災保険に「個人賠償責任特約」が付いているかどうかを確認してください。 「個人賠償責任特約」の補償内容は,保険会社や契約内容などによって異なりますので,火災保険に「個人賠償責任特約」が付いている場合は,その補償内容等を すぐに確認してください。

 

 最後に,今回の事例では,相手の人が加入している自宅の火災保険に「個人賠償責任特約」が付いていましたが,仮に その火災保険に「個人賠償責任特約」が付いておらず,相手に治療費の支払能力がないときは,あなたのケガの治療費は,生活保護の医療扶助から支払ってもらえます。

 

 役所が あなたの治療費を支払う代わりに,役所が 生活保護法第76条の2の「第三者行為求償権」を取得し,その「第三者行為求償権」に基づき,あなたに代わって,相手にあなたの治療費の支払いを求めることになります。

 しかし,相手が治療費の支払能力がなく,差し押さえるべき資産も保有してないときは,役所は,相手に支払いを求めることを 諦めざるを得ないと思われます。

 

 

(参考)

生活保護

(費用返還義務)

第63条 被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない

 

(損害賠償請求権)

第76条の2 都道府県又は市町村は、被保護者の医療扶助又は介護扶助を受けた事由 が第三者の行為によって生じたときは、その支弁した保護費の限度において、被保護者が当該第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する

 

 

生活保護手帳・別冊問答集

問13-6 費用返還と資力の発生時点

(問)

 次の場合,法第63条に基づく費用返還請求の対象となる資力の発生時点は,いつと考えるべきか。

(1)~(2) (略)

(3)自動車事故等の被害により補償金,保険金等を受領した場合

 

(答)

(1)~(2) (略)

(3)自動車事故等第三者の加害行為により被害にあった場合,加害行為の発生時点から被害者は損害賠償請求権を有することとなるので,原則として,加害行為の発生時点で資力の発生があったものと取り扱うこととなる。

 しかしながら,ここにいう損害賠償請求権は単なる可能性のようなものでは足りず,それが客観的に確実性を有するに至ったと判断される時点とすることが適当である。

 自動車事故の場合は,保険の種類や保障内容により異なるが,自賠責保険,事故発生により被害者に対して自動車損害賠償保障法により保険金(強制保険)が支払われることが確実なため,事故発生の時点を資力の発生時点としてとらえることになり,後遺障害,死亡に対する保険金については,給付事由が発生したことにより当然に受領できるものであるため,それぞれ障害認定日,死亡日を資力の発生日ととらえることとなる。

 また,任意保険については,示談交渉による保障の内容,金額の確定後に請求できることとなるため,示談成立日を資力の発生時点としてとらえることとなる。

 これに対し,公害による被害者の損害賠償請求等の場合は,請求時点では,加害行為の有無等不法行為成立の要件の有顛が明らかではなく,事後的にこれに関する判決が確定し,又は和解が成立した時点ではじめて損害賠償請求権が客観的に確実性を有することになるので,交通事故の場合とは資力の発生時点を異にすることになる。